子どもと良好につきあいができる親はしあわせです。
親子の間には、何かの葛藤を抱えていることが多くあります。
親は、子どもに期待します。
その期待は様々であり、
「いい学校に入って、いい職について暮らしてほしい」
というような欲求は、いつの時代でもベスト5に入っているような希望だと思います。
「元気で健康に暮らしさえしてくれればいい」
という欲のない意見もあります。
とは言え、状況によって、その思いは変わります。
借金を重ねていて生活に困っていたら、
「元気だから、何も心配しなくてもいい」とは言えないでしょう。
また、母親にとって永遠の恋人である息子をとられた嫁との相性が悪ければ、文句の1つもいいたくなるでしょう。
人って、そんなに高貴ではない。
人って、そんなに無欲ではない。
人って、そんない鷹揚ではない。
自分が子どもに手をかけ、命の次に大切なお金をせっせと費やしても、子どもは感謝するどころか、「もっと」と言ってきます。
ある意味、子どもは親から搾取していることがよくあります。
一方、親は子どもを通じて自分の欲求を満たしたいがために、子どもを抑圧してコントロールしようとすることが多々あります。
言葉で操るのもコントロールです。
お金で釣るのもコントロールです。
よい言い方ではありませんが、キツネとたぬきの化かしあい。
搾取の応酬ということが起こります。
子どもが親から搾取しようとするのは、本能的に当たり前のことです。
一方、親も無意識に子どもを通じて自分の欲望、それは、自慢話のネタであったり、金銭であったり、さみしさを紛らわせる手段であったりと多岐にわたります。
由々しきことは、こうしたことが、無意識下で行われていることです。
だから、自分ではうまく制御することができないのです。
初め、病状が悪くて自分の相談をしていた方がよくなると、相談のほとんどが子どもさんの話題になる方がおられます。
子どもさんに対するストレスは、それくらい大きいということです。
私も子どもに対してストレスを感じている、一介の親です。