「人は、歴史によって、過ちを学習し、成長していく」
……と言われていることあり。
私の見解は、異なっています。
「人は、歴史によって、過ちを学習し、成長していくことがある」
成長できる分野は、あくまで、限定的だと思っています。
これは、過去の歴史をみても分かります。
歴史を学んでいる現代でも、戦争がなくなることはありません。
戦争がなくならないのは、歴史を学んでいないから?
一部、そういう節もありますが、本質は異なっていると思います。
私は、こうして繰り返される問題は、人間の最も強力な本質に行きつくと考えます。
人間は、理性の生き物と言われることもありますが、そうとも言えません。
本能は、理性の10倍は強いものです。
・「人間は、考える葦である」とパスカルは言いました。
・アリストテレスは、「人間は、独特の自然本性を有する動物である」(Wikipediaより)と述べたとのことです。
人間の独自性、可能性に言及しています。
それは、今後、人間が進化、発展していった時に本領を発揮します。
現代の科学技術は、古代、中世からは想像できないだけでなく、100年前に思いも付かなかったことを具現化しています。
このような、思考やテクノロジーの発展にもかかわらず、人の心は、なおも中世と大きく変わりません。
1000年前の壮大な恋愛小説「源氏物語」は、今なお読み継がれています。
さらに古い万葉集という歌集には、現代の人の心をうつ歌が多く掲載されています。
1000年、2000年で、人のこころは、変わりません。
人間の本能を司る遺伝子が激変しないからです。
ダーウィンの進化論に基づくなら、現在の人間から異なった、変化する種が発生して、優勢になるには、少なくとも数万年以上の時を有するのではないでしょうか。
個人レベルでも、同じ過ちをよく繰り返します。
これがなくなっていくと、個人の大きな成長の証です。
ところが、その成長した人が亡くなって、新しい遺伝子が育っていくと、また同じ過ちを行います。
戦争がなくならないのも、バブルが繰り返されるのも、個人および集団としての「人間」が、進化するのに十分な時が与えられていないからだろうと考えています。