久しぶりに以前通っていたお店に行くと、違いが分かることがあります。
メニューや値段が変化しているもあります。
こういうお店は、変化するという、経営努力をしていると分かります。
数年前、数回通ったラーメン屋は、いなかにもかかわらず、東京の一等地なみの値段で1杯を提供していました。
高い値段を維持しようとしてか、メニュー変わりしましたが、味はかえって、落ちたように感じました。
それで、こんなに高い値段を払う価値がないと数年間行かなかったのです。
いなかの商店街では、半値でラーメンを食べることができます。
さて、久しぶりに訪問した、そのラーメン屋は、メニューは刷新されているだけでなく、値段も下げてありました。
食してみると、味、ボリューム、値段の綜合で許容内と思えました。
実は、同じように感じている客は、ぼくだけではなかったと思います。
なぜなら、値段が高く、見合わないと思っていた時期には、店に閑古鳥が鳴いていて、客頭も明らかに減少していたからです。
それが、値段もリーズナブルに刷新してから、お昼時には、待ちの名前の記載もみられるようになりました。
やはり、価格と内容との価値が等価以上であると認められないと、人は来ないものですね。
一方。恐らく同じ経営である、同一敷地にある、お好み屋です。
ここは、ラーメンと同等の値段でお腹がいっぱいになり、味もなかなかいけるので、ラーメンよりも価値があるとみなしていました。
だから、ラーメン屋が閑散としている時期にもこちらには、待ちの列ができていました。
それからしばらく経って、訪問。
待つ人はいくらかいるようですが、以前ほどの魅力を感じません。
メニューの変化が乏しくなり、しかも値段が上がっています。
お好み焼きは、時間がかかり、回転率が悪い。そして、満腹度が高いことから、値上げしたものと思います。
これで、お好み焼き屋の魅力が薄れました。
二つを比較すると、
・高かったラーメン屋は安く、安かったお好み焼きやは、高くなっていました。
・ラーメン屋は、味のアップを図っていますが、お好み焼き屋は、味に変化がないか、少し悪くなっています。
ということで、これまでのお得度は、お好み焼き屋に軍配が上がっていたのが、そうとも言えなくなりました。
市場には、流動性があり、値段のギャップを埋めるように動いているものですね。