医師が、よい治療を行いたいと思うのは(一般に)普通のことだが、同時にうまくいかなかった時のリスクも考えている。
頭の中から、「訴訟」という言葉が、空っぽになることはない。
普段、横柄な医者でも、訴訟問題の危険性があると(鈍感な人間でなければ)普通は、焦る。
逆に、細かく入り込んで、やっかいな問題にならないよう、横柄な態度をとって、患者を追い払っている場合もある。
緊急の当直をやっていると怖いことだらけだ。
救急車が同じ時間帯に5台くらいやってきて、あたふたしても、診ることができるのは、個別でしかない。
だから、死にそう、急ぐ、待てそう、軽症という具合に、緊急度を判断して、振り分けして、順番にみていくしかない。
どんな名医でも人間である限りは、同時に数人診ることができない。
1つ1つ判断し、処置していくしかないのである。
当直して、電子カルテになって困るのは、口頭の指示ではだめで、PCの端末に面倒な入力をしないと稼働しないことである。
緊急で、CTをとりたい場合は、そのオーダーを入れる。
最近は、指紋認証もすでに携帯電話でさえ、一般的となった。
セキュリティからすると、パスワードよりも、指紋認証で入れた方が確実だろう。
しかし、緊急の処置をして、血まみれの手袋をしながら、どうやって、PCに指紋認証を行うというのだろう?
例えば、生活を保つ手術では、術者の指示は、口頭でなされ、代理のものがPCで入力できないと、難しい。
清潔面では、PCを完全メッキしたら、何とかなるが、指紋をとるために、手袋をはずすことは、とても非効率的である。
また、手を離すことができない場面がある。
私は、外科系の手術をしたことがないし、後に行った見学でも、電子カルテにどのように記載されるのかは、見ていなかった。
こういう緊急の場を電子カルテでは、どのように乗り切るのだろうか?
カルテが診療の「邪魔になる」ようなら、意味がない。
現実にあった話として、救急当直の際、搬送された患者の検査オーダーをするだけで戸惑ったことがある。
指示を入力しなければ、機器を動かすことができないのだ。
緊急時には、煩雑でムダな作業だと感じた。
ところで、医療法では、「診療を行った際は、その内容を診療録に遅滞なく、記録しておかなければならない」という項目がある。
先に述べた、訴訟の懸念の例では、後に、もっと詳しく記載しておけばよかったということがよくある。
すべての言葉と診療行為をカルテに記載していくと、それこそ、カルテの番をしているようで、患者の話と向き合っていく時間がない。
また、余計に時間がかかることは明白である。
ただでされ、待ち時間のかかる病医院で、「カルテのために」時間をとられることは、他の方の迷惑にもなる。
従って、要点を記入しておくこととなる。
実際、私も15分くらいかけて話した内容を1行にまとめて記載することがある。
「いいこと日記の効用の話をした」
「0秒思考の話をした」
なんて記載がままある。
これらは、患者さんに渡す紙に手書きで書きながら、説明していくものであり、詳細な内容まで記載すると、切りがない。
もしかすると、今後の電子カルテは、録音、あるいは、動画の添付とともになされる時代が到来するかもしれない。
他に、往診に行くときは、インターネットに接続していない独立環境のシステムを持ち出すわけにはいかない。
そのため、代用の紙カルテを持参して、それを代理の診療録として記載して、後に病院に帰って、打ち込み作業をしていくことになる。
しかも、薬を出す時間の関係で、薬局に急かされるため、電子カルテに記載する内容は、さらに削られる。
時には、先に、処方のオーダーだけ入力して、記述は、後で行うこともある。
二度手間の極みである。
ただ、これは、今は普及していないクラウドシステムの環境が整備された場合は、インターネットに接続できるPCを持参して、その場で処理できるかもしれない。
その他、停電や電子カルテがシステム障害を起こした場合は、紙のカルテと紙の処方箋を使用して、診療行為ができるとされている。
ところが、いざシステム障害が起きた時、当該患者さんの処方データを照会することができないため、現実に役に立たなかったということがある。
記憶に頼らなければならない診療は危険であるし、また、たくさんいる患者データで、数種類も出されている処方を正確に記憶できるはずもない。
それを記憶できるのは、世界でも限られた特殊な人だけであろう。
であるから、システム障害があった時は、短くて30分、長ければ、2時間以上も院内で、みなが待ちぼうけをくらう姿を見ることになる。
滑稽な話である。
最近は、ようやくこなれてきたのか、システム障害の確率は減ってきているように感じている。
ただ、医療の電子化は、まだまだ課題が山積している。