精神疾患あるいは、精神症状があるために薬を服用する場合、男性よりも女性の方が制限が多いことに気がつきます。
中でも、女性にとって、最も頻繁に起こりうる悩みは、
「妊娠した時に薬を飲んでいいのか??」
という疑問です。
・「妊娠したら、薬をやめましょう」という勧告について
比較的、近年まで、妊娠した場合は、なるべく薬を避ける方向にしていました。もちろん、現在でも、状況によって飲んでいい薬とそうでない薬を吟味していることに変わりありません。
特に向精神薬は、「絶対に飲まないでいいなら、飲まないにこしたことはない」という風潮がみられました。
胎児への奇形性などについての問題があるためです。
そのため、薬を飲むことへのリスクを中心に考えていました。
・薬を飲まないリスクがあることも知っておくこと
薬は、飲むリスクだけでなく、対極として、飲まないリスクも存在していることを知っておく必要があります。
例えば、産科合併症として、妊娠高血圧症候群になった場合、降圧薬(血圧を下げる薬)を飲まなくて大丈夫なのかという疑問が生じます。
あるいは、糖尿病の方の場合、糖尿病の治療を放置して様子をみていいのかということも大いに疑問です。
同様に精神的な症状が出現した場合に、薬を飲まないでやりすごした方がいいのかという疑問が、俎上(そじょう)に上がることがあります。
例えば、希死念慮の強い方、すなわち、自殺願望が強い、うつ病患者を投薬治療なしで観察した方がいいのかということは、当然、疑問になります。
自殺するそぶりが出たら、薬を使わずに外に出れない個室に閉じ込めておくことがよいのか?
あるいは、薬を服用していたら、安定した可能性が高いのに、投薬を躊躇(ちゅうちょ)して自殺してしまったら、目も当てられません。
妊婦さんが自殺した場合は、自殺された妊婦さんだけでなく、胎児も死に至ります。2人分の死に相当します。
ですから、こういう重大な例や特殊例では、服薬してもらうケースが多くなります。
では、軽症〜中等度の方は、どうしたら、よいのでしょうか?
・薬を飲まないリスクについての報告が増えてきている現状
日本医師会雑誌 第148巻・第2号(2019年5月発行)
特集 「妊娠と薬の使い方」【精神疾患と妊娠】
より以下のリスクが提唱されています。
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母体の産科合併症のリスク + 胎児へのリスク を考えると、薬を飲まないリスクが確として存在します。
その具体的な内容を抜粋して、以下に記載しました。
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・薬物療法を中断した際のリスク
妊娠中の精神状態の増悪が、妊婦の自殺や胎児虐待、産科合併症、自然流産、死産、早産…(以下中略)などに影響を及ぼす。したがって母児の安定のために、できるだけ妊婦の精神状態の再燃を予防することが重要である。
・情緒的に不安定な妊娠患者の児への影響
ALSPAC研究の中で、(中略)妊娠19週時点の不安の強度と6〜9歳の児の前頭前野や中・外側側頭葉の灰白質体積の減少が有意に関係していたと報告している。
これらのデータは、妊娠中において患者が精神的に安定していることが児の精神神経発達に重要であり、たとえ精神状態が不良であっても薬物療法を行わなければいいという治療方針には問題があることを示している。
・うつ病と妊娠
十分な治療を受けていないうつ病患者にも周産期リスクがある。
(中略)未治療患者に関するアウトカム(結果)として、
不安定な精神症状の下では、さまざまな産科合併症や、乳幼児期の知的発達障害や問題行動の出現が報告されている。
・薬の催奇形性について
出典:精神科身体合併症マニュアル 第2版 医学書院
1 抗精神病薬
非定型抗精神病薬について、相対的安全性が確認されつつある。
オランザピンについては、胎児奇形と相関はないとされており、海外では、しばしば用いられる。
2 抗うつ薬
近年は、抗うつ薬を中止せずに妊娠、出産するケースが増えている。
うつ病に罹患したことのある妊婦は、抗うつ薬を中断すると、出産後にうつ病が再発するリスクが5倍程度高くなると見積もられている。
a 三環系抗うつ薬は、催奇形性を増加させず、相対的な安全性が確認されている。
b SSRIで、頭蓋骨融合症、臍帯ヘルニア、新血管奇形の発症率の上昇が示唆されたことがある。
しかし、最近行われた海外の大規模な新生児研究では、このような関連は再現されなかった。
2005年に妊娠初期におけるパロキセチンの服用が胎児の心奇形のリスクを増加させるという報告がなされた。
しかし、その後の大規模調査で否定され、結論は出ていない。
⇒ ゆえに、禁忌ではないが、パロキセチンについては積極的な使用を控えるという方向を考える。
3 気分安定薬
妊娠中にリチウム製剤を服用することにより、1000人に1人の頻度で、Ebstein奇形が発症する。これは、一般人口に比較して20〜40倍の高さとなる。
⇒ 妊娠を予定している女性患者においては、リチウム製剤をあらかじめ避けることが望ましい。
4 抗てんかん薬
抗てんかん薬の多くが催奇形性をもつことが確認されている。
妊娠第I期に抗てんかん薬を服用していた場合の平均奇形危険度は、11.1%である。
単剤よりも多剤の方が催奇形性が高くなる。
⇒ てんかんを起こすこと自体が命にかかわるため、催奇形性があるからといって、抗てんかん薬を中止する方が安全とは言えない。
5 抗不安薬、睡眠薬
妊娠第I期における抗不安薬の投与は、口蓋裂、中枢神経形成異常、尿管奇形などのリスクをわずかに増加させるというデータはあるものの、その危険度はきわめて低く、因果関係は確認されていない。
・薬の使用に関する治療指針
出典:日本周産期メンタルヘルス学会
:周産期メンタルヘルスコンセンサスガイドライン2017
●抗精神病薬のリスク・ベネフィット
・現時点では、抗精神病薬による催奇形性のリスクは高くないと考えられている。
・定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬で催奇形性に有意な差は認められなかった。
・薬剤個別のリスク・ベネフィットの違いも明らかではなかった。
・現状では、生後の神経発達への影響については特記事項は報告されていない。
▽
原則として妊娠中も服薬を継続する
安定した妊婦に対して薬剤の変更は行わない
●抗うつ薬のリスク・ベネフィット
・三環系抗うつ薬と先天異常との関連は低いと考えられていた。
・SSRIでは、大奇形で関連はなく、心奇形では関連はあるが差はわずかである。
・SNRIなどは、研究報告、サンプル数が少なく、評価しがたい
・多くは観察研究で、うつ病の重症度の調節ができていない。
・生後の神経発達への影響(発達障害)については、指摘する報告はあるが、交絡因子が調整できていない。
▽
重症度に応じて、抗うつ薬使用を考慮する
パロキセチンについては、積極的な使用を控える
・総括
1 妊娠・出産に関する意思決定は、最終的には本人がパートナーとともに行うことが必須である。
⇒薬を飲むリスク、飲まないリスクを考えて決めてください。
最終決定は、医師が行うことができません。
自己責任を持たないと、「出産するなら、薬を飲むな」あるいは、「薬を飲むなら出産するな」という極端な方向に偏ることになります。
また、訴訟リスクを医師が感じた場合、消極的な守りの治療となります。
2 精神科合併症妊娠では、出産から育児まで家族の協力が不可欠である。
⇒ 産後うつの発症のリスクがあります。
育児ができず、子どもに不利益を与えてしてしまうおそれがあります。
3 出産を目指す場合、精神症状の悪化時には、薬剤の使用を躊躇しない。
⇒ 精神症状の悪化により、母体だけでなく、胎児にも悪影響を及ぼすことがある。
4 向精神薬を投与するかどうかは、リスクとベネフィット(危険と利益)を考慮し、総合的に判断する。
5 安全とされる薬剤を最小用量で投与する。