2023年4月2日
直感を大切にする

老舗の「つたふじ」が閉店になるかもしれない。
そう直感がつぶやいて、店に出かけました。
前回は、その話をしました。

今回は、直感の話です。
いとしき人間の作り話を分かりやすく語ります。

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登場人物紹介

講師
一文字浩介

地方の準難関大学卒であるが、なぜか帝国大学の講師をしている
心理学者の若手

興味は豊富で、多彩な知識を持つが、まだ何も大成していない
学術とは変わった認識を持つ
言葉使いは、ていねいだが、少し変わり者

生徒1
橘涼香

元、理系女子
宇宙など、壮大なものにあこがれる
宇宙物理学科を目指し、大学受験では合格できるレベルにあったものの、研究に残ることができる者は、ごく一部の天才だけと知り、人文科学を専攻する
気丈な性格といえる

生徒2
円山由貴子

文系女子
ふくよかで、穏やかな才女
彼女の優秀さは、時にかいまみられる
感性豊かな性格

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一文字:昭和の時代から、世界的指揮者として、有名になっていた小澤征爾氏の公演についての話です。

円山:古くから有名ですね。ボストン交響楽団の首席指揮者でした。その後、ウィーン国立歌劇場の監督になりました。
世界的に有名な、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団は、国立歌劇場の団員の中から選出されますね。

橘:由貴子ちゃん、詳しいわね。

円山:私、クラシック音楽が好きなのです。ピアノを習っていたためかしら。

一文字:演奏できる人はうらやましいです。
ぼくは、ただ聴いているだけです。

小澤氏についても、彼のレコードアルバムやCDは複数持っていて聞いていました。しかし、よく考えると、欠落した部分があることに気がつきました。

円山:一体、何がですか?

一文字:日本人であり、彼のファンであるにもかかわらず、その生演奏を聴いたことがなかったことです。

橘:なるへそ。

一文字:一般に海外の有名指揮者であれば、録音演奏で我慢しなくてはならないことが多くなります。

訪日が限られていること。
予定が合うかどうか分からないこと。
高額な料金が必要になること。

円山:小澤征爾氏の演奏会も高額ですね。

一文字:しかし、日本人として、これだけ世界で知られている指揮者はいません。

新年に開催される、ウィーンフィルのニューイヤー・コンサートにおいて、初めて選出されたアジア人でもあります。

橘:それは、私も知っている。

一文字:ぼくは、10年くらい前、演奏会に足を運ぶことを趣味にしていました。それで、何か足りないなと思いました。

それとともに、小澤氏の年齢を考慮すると、久しぶりの日本公演が最後のチャンスであるかもしれないと思いました。

橘:それで、チケットを手に入れたのですか。

一文字:それがですね。日本公演チケットの入手を申しこみましたが、発売日の定刻にアクセスしたにもかかわらず、サイトが混雑して入ることができず、15分くらいしてログインできた時には、すでに完売している状態でした。

橘:あら?残念でしたね。

一文字:仕方がないと諦めるかとも考えました。
しかし、何かが突き動かして、ヤフーオークションに出品されている割高なチケットを購入しました。

橘:転売ヤーにやられましたね。

一文字:そうなのです。
思いっきり奮発して、大阪公演だけでなく、東京のサントリーホールでの演奏会も聞きに行きました。

円山:演奏会はよかったですか?

一文字:こんなことを言ったら失礼に当たるのですが、演奏するオーケストラが世界の中では一流ではないため、極上の音は体験できませんでした。

円山:あら、そうでしたか。

一文字:それでも、演奏会は熱気に満ちあふれ、初めての、そして、やっと手に入れた体験を喜びました。

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橘:ところで、今回のテーマは、何でしたか?音楽講義ですか?それとも、ラーメン講座ですか?

円山:直感についてですね。

一文字:そうでした。直感の話です。

  ※ニュータイプになったアムロ 出典:サンライズ、バンダイ

演奏後、驚いたのは、一連の日本公演が終わって1ヶ月も経たない内に、小澤征爾氏が食道ガンであり、その治療を行うために、今後の演奏会がすべてキャンセルとなったことです。

橘:偶然とは決めつけられないニュースですね。

一文字:ガンの手術後、ニューヨークで復活の公演が開催されたのですが、お金と時間とコネのない自分がその演奏会を聴くことはできません。

実質、日本公演は、彼が渾身の指揮をする最後の演奏会となったのです。

あの直感は、よく当たったと思いました。

橘:うん、うん。まぐれだけど、当たっている。

一文字:余談になりますが、日本人で世界のトップレベルの演奏家に五嶋みどりさんというバイオリニストが存在します。

円山:日本人が日本でバイオリン公演する際の公演料が3000円くらいの方が多い中、彼女のチケットは2万円を優に超えますね。

一文字:ぼくは、日本公演で聴くことができました。
メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲です。

彼女が、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演した録音CDを何回も聴きました。

円山:本物の生演奏を聴くことができてよかったですね。

一文字:その通りです。
ぼくは、そのCDを家用、車用、予備に3枚持っていました。

橘:先生、それは、ちと偏狭というものにあたりませんか?

一文字:放っといてください!

円山:それくらい、彼女の演奏に魅力を感じているのですね。

一文字:ええ。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲も3枚そろえました。

橘:また、ですか。

一文字:ちょうど、CDが安くなっていましたから。
でも、それも、もう必要ありません。

橘:あれ、なぜですか?彼女にふられたのですか?…ってことはありえませんけど。

一文字:Apple Musicをサブスクして、パソコン、複数のiPhone、iPadにダウンロードしているからです。

橘:ああ、もったいない。青春の一時代の思い出としますか。

円山:CDはいいとして、生演奏は価値がありますね。
もしかしたら、これも先生が聴く、彼女の手による、最後の演奏会となるかもしれませんよ。

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一文字:そうですね…
ところで、ここで事例を変えます。

もっと昔の話です。
我ながら、よく察知して、回避することができたと思うできごとがありました。

橘:これも直感ですか?

一文字:はい、一応。
しかし、その直感は、後になって分析すると、理にかなったものであることに気がつきました

円山:どのような事例なのですか?

一文字:学生時代、建物の取り壊しで、引っ越しを余儀なくされました。
それで、後輩の伝で、よさそうな物件を見つけました。

橘:先生には、引っ越しの話がよく出てきますね。

一文字:ええ。10回以上は行っていますから。

橘:で、具体的には?

一文字:女性の大家さんは、親切そうで、「入居するまでの1ヶ月の家賃はいりませんからね」と勧誘しました。

円山:よかったですね。

一文字:いえね。数日後、不動産屋で契約する時、驚くことを言われました。

契約する不動産屋の人とのやりとりです。

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(回想シーン)

私:「確か、入居するまでの1ヶ月の家賃は支払わなくていいと聞いています」

不動産屋:「いえ、そうではないのです。入居していなくても契約したら、その分のお金をもらってください、と聞いています」

私:「えっ???…案内の時と話が違います!」

不動産屋:「それが、ハッキリと言われました。もらって当然だと」

私:「………」

(数日前の大家の顔と発言を思い出しながら、妙だなという抑えきれない感情がわきでました。
そして、少しして、不動産屋に告げました。)

私:「この物件の契約はしないことにします」

不動産屋:「…でも、契約してもしなくても家賃の1ヶ月分の費用はいりますよ」
(これは、不動産屋への仲介料?)

私:「うーん。でも、嫌な予感がするのです。あんなに露骨に約束を破る人と付き合っていると、もっと悪いことが起きるような気がするのです」

不動産屋:「そうですか。それは、どうかは分かりませんが…」

私:「決めました!私には、ほとんどお金がありませんが、それでも1ヶ月分の賃料を支払って契約しないことにします」

不動産屋:「そうですか…」

不動産屋さんの女性の方は、不思議な顔をされていました。

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一文字:さて、また、一からの賃貸物件探しです。

円山:大変ですね。それから、どうなったのですか?

一文字:この一連の話が決まる前、よく食べに行っている、お好み屋のお姉さんに家捜し物語を告げました。
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(回想シーン)

お姉さん:「えー、その物件を見てみたい。ちょうど、うちも引っ越ししたいの。でも、子どもの校区がおなじ物件が見つからなくて困っているの」

私:「そうなの。ぼくは、借りるのをやめていいと思っているよ」

お姉さん:「じゃあ、その物件、わたしに譲ってくれない?」

私:「いいよ。ちょうど、契約をやめようと思っていたところだから」

お姉さん:「ありがとう!」

そうして、お好み焼きのお姉さんは、当初、私が借りていた物件に引っ越しすることになりました。

(さて、話はここで終わりません。)

お姉さんが入居した1年ちょっとすぎた頃、お好み焼きを食べようと、その店に入った時に悩みを告げられました。

お姉さん:「実はね、せっかく入ったのに、大家が出ていってくれというのよ」

私:「えー、なんで?」

お姉さん:「建物を取り壊すことになりましたから、早急に出て行って下さい」

私:「えー、そんなことを言われたの?!」

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橘:ひどい大家!

一文字:奇しくも、ぼくの嫌な直感は当たりました。

いとも簡単に約束を反故にする人は、何度でも約束を守らない。

お姉さんが入居するかどうかは自由だったけど、自分は契約しなくてよかったと心底思いました。

今、考えると、これは直感ではなくて、論理的な推測だと思います。
何も知らない学生で、よく判断ができたものだとほめてやりたい。

今なら、宅建の知識を生かして、借款借地法を持って、有利な方向に持っていくでしょう。でも、その当時は、不動産の知識が、皆無でした。

円山:なるほど!
直感は思いつきのようでいて、意を汲み取っている場合があるのですね。

一文字:そう考えています。

「直感は過たない。過つのは、判断である」

という言葉もあります。

橘:ふーん。いいことを呼び寄せることも悪いことも避けることも直感が役に立つことがあるわけね。

円山:涼香ちゃん、今日は、ずっと、だちの言葉になっていますよ!

橘:由貴子ちゃんが、「だち」なんて言葉を使うなんて…。
私の言い方が移ったのかな。

円山:……

橘:ところで、先生自身は、その後、どのようなアパートに引っ越ししたのですか?

一文字:ものすごく古い狭い戸建ての家です。
3万円少々で借りることができました。

橘:また、事務所の近くでしたか?

一文字:いいえ。はっきり、それらしきものは見当たりませんでした。
その代わり、外から戻って家に入ると、ゴキブリが20匹くらいは、這っていました。

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橘:なるほど、相場通りだったということね。

一文字:これは、直感では見抜けませんでした。

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直感を大切にする。論理が内面から浮き出た直感もある。
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