2014年4月25日
五嶋みどりさんのグラミー賞

世界のクラシック音楽界で、日本人にてトップクラスの人が2人はいるとかねがね思っていた。

一人は、世界的に有名な日本人、指揮者の小澤征爾氏である。
氏は、単身、スクーターで海外留学した後、若くして、ボストン交響楽団の音楽監督となった。
アメリカでも一番の名の知れた日本人とすでになっていた。

しかし、氏はすでに75歳を越え、
癌の手術に加え、腰痛などの病気に悩んでいる。
指揮者は、健康さえ維持できれば、生涯現役という方も多い。

近年は、自らタクトを操ることもあまりかなわなくなったのが残念だ。

ところで、私が以前より注目していたトップ選手が、五嶋みどりさんだ。

バイオリニストとして、母の英才教育を受け、8歳の時、アメリカのジュリアード音楽院に周囲の反対を押し切って留学。
(これは、主として、母の強い意志による)

高名なドロシー・ディレイ教授に師事する。

それから、数年経て、11歳にして、ズービン・メータ指揮、ニューヨークフィルの演奏会に出演して、アメリカデビューした。

後に15歳の時、レナード・バーンスタイン(故人、映画ウエストサイドストーリーの作曲者にして、高名な指揮者)と共演し、氏が作曲したヴァイオリン協奏曲を演奏する。
演奏中に、自身の3/4サイズのヴァイオリンの弦が切れ、コンサートマスターのストラディバリウスを借りて演奏を続ける。
にも関わらず、二度目の弦切れにて、副コンサートマスターのガダニーニに持ち替えて演奏した。

まだ幼い少女が取り乱すことなく、演奏を中断せずに完遂したことは驚嘆と敬意のまなざしで見られ、「タングルウッドの奇跡」として、アメリカの小学校の教科書にも掲載された。

この様子は、日本の小学校の教科書にても日本で掲載されたこともある。
また、日本の英語の教科書に取り入れられているものもある。

私は、彼女のアルバムの中で、
チャイコフスキーとショスタコービッチのヴァイオリン協奏曲のカップリングが大変気に入り、よくかけていた。

もう一昔はすぎるが、子どもが赤ちゃんの時、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲にて、盛り上がりの場面で、だっこして、曲に合わせて飛び跳ねると、大層喜んでいた。

他にメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はその後発売されたアルバムでも出色で、行き帰りの車の中で流していた。

今年の3月の半ば、東京や大阪などで、彼女の手にて、そのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の演奏が行われる予定になっている。
結構、高額なチケットであるが、ぜひともと思って、早い内によい席を確保した。

2009年、辻井伸行さんが、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し、チケットが完売して、確保しにくくなったことは、比較的記憶に新しい。

五嶋みどりさんは、若手ではなく、今はすでに熟練した名手であるが、クラシック音楽を聴かない日本人の中でも人口に膾炙されるようになってほしい。