千と千尋の神隠しに登場する、カオナシについての考察です。
人格障害との関連性が高いと思われたので、ある経験とその理由について説明します。
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登場人物紹介
講師
一文字浩介
地方の準難関大学卒であるが、なぜか帝国大学の講師をしている
心理学者の若手
興味は豊富で、多彩な知識を持つが、まだ何も大成していない
学術とは変わった認識を持つ
言葉使いは、ていねいだが、少し変わり者
生徒1
橘涼香
元、理系女子
宇宙など、壮大なものにあこがれる
宇宙物理学科を目指し、大学受験では合格できるレベルにあったものの、研究に残ることができる者は、ごく一部の天才だけと知り、人文科学を専攻する
気丈な性格といえる
生徒2
円山由貴子
文系女子
ふくよかで、穏やかな才女
彼女の優秀さは、時にかいまみられる
感性豊かな性格
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制限のない受容は、相手にとって、都合のいい人となり、依存心を助長して、怪物のようにしてしまいます。
「話せばわかる」という世界が実現したなら、戦争がなくなるはずです。また、日常のケンカも大きく減っているはずです。
でも、そうはならないですよね。
円山:悲しいことですが、これが世の中の現実ですね。
一文字:さて、ここで、依存心が助長されてしまった人格障害の事例を紹介しましょう。
円山、橘:はい。
一文字:ある日、若くて美しい女性がしおらしく受付に来られました。さみしそうな顔をして、「ちょっといいですか?」と受診希望をされたのです。
その日は、たまたま空き時間があったため、受付にたずねられて、了解しました。
彼女の名前を仮に、メイちゃんとしておきましょう。
そして、第1回目のカウンセリングです。初面識なので、傾聴が中心となります。メイちゃんは、自分の心情や身の周りのことを長い時間話されました。「ちょっと」という約束は反故(ほご)にされました。
そして、メイちゃんは、帰り際、「また、来てもいいですか?」とたずねられたので、「予約を入れたらいいですよ」と返事をしました。
それから、2回目、3回目のカウンセリングに来られました。しかし、奇妙なことに前ほど自分から話をされませんでした。
問題が起きたのは、4回目の時です。
橘:メイちゃんが怪物になってきたのですか?
一文字:するどい!
4回目に訪れたメイちゃんは、物静かにただ座していました。
橘:怪物じゃないですか!
一文字:ただ、その横に強面をした若い男の鬼が付き添っていたのです。
メイちゃんの名前をお呼びすると、2人がカウンセリングルームに入ってこられました。
このセッションでは、鬼がしゃべりまくりで、「メイちゃんの話をもっと聞いてあげてくれ」という怒りの発言で埋め尽くされました。
メイちゃんは、鬼の横にチョコンと鎮座しているだけで、ほとんど話すことはありませんでした。
橘:(小さな声でつぶやく)やっぱり、メイちゃん、怪物になっていないじゃん。
円山:それで、先生は、どのように対応されたのですか?
一文字:ぼくは、「すべての要求をかなえる約束はできませんが、できるだけ要望に添うようにします」と返答し、ふたりに帰っていただきました。
橘:先生、押し込められているじゃん!
一文字:あの頃のぼくは、初心者レベルでしたから。
橘:それで、その後、どうなったの?
円山:涼香ちゃん、それ、友達ことばになっているよ。
橘:(舌を出して)失礼しました。その後、どうなったのですか?
一文字:次の5回目のセッションは、メイちゃん1人だけで来院されました。前回、訪れた鬼は、知り合ったばかりの知人で、今は別れたから関係がないということでした。
ぼくは、
「あなたは、男性に依存する生活はやめた方がいい。そして、あなたは、自分のルーツである本来の場所に帰った方がいい」
と告げました。
すると、
「私には、帰る場所がない、だから好きでもない男に頼るしかない」
と反論してきました。他方、男に頼ること自体もイヤだという本音も明かしました。
話がまとまらないまま、彼女は、カウンセリングを終えることにしました。その際、ぼくは、「料金はいらない」と投げかけると、彼女は、「ちゃんとお金は支払います」と断言して、本当にお金をおいて立ち去りました。
それが、彼女の矜持(きょうじ)だったのかもしれません。
さて、ぼくは、メイちゃんを振り返ってみて、あるキャラクターを思い出しました。
橘:それは、何ですか?
一文字:橘君は、何だと思いますか?
橘:思いつきません。
一文字:「カオナシ」です。千と千尋の神隠しに登場する、能面の顔をして、黒い衣装をまとっている不思議な存在です。
カオナシは、初めは、雨の降る庭にさみしそうに立っていました。それを千が招き入れました。カオナシは、「アー、アー」としか言えませんでした。ニセの砂金を出して、カエルがほしがって手を出した時、そのカエルを飲み込みこんでしまいました。飲み込んだ途端、カオナシは、カエルの声で話す力を手に入れました。
(誇張した甲高い声で一文字が語る)
「オレは腹が減った。腹ぺこだ。前金だ、取れ。わしは客だぞ。風呂にも入るぞ。みんな起こせ」
(普通の声に戻す)
といって、大騒ぎが始まるのでした。
円山:あ、ハハハ。先生、そのカエルの声、変!
一文字:いや、慣れないもので。ところで、君たち、その先の物語の展開を知っていますか?
円山:料理を食べると、体がドンドン大きくなっていきます。それから、カエルの兄役と湯女を同時に飲み込むと、さらに巨大化しました。そして、大量の食べ物を食い散らかしながら、「千をだせ!」と要求します。
一文字:しばらくして登場した「千」は、どうしましたか?
円山:ええと……、涼香ちゃん、覚えている?
橘:うん。千は、
「何もいらない。ここには、私のほしいものはない」とキッパリと断ります。考え込むカオナシに「これ、あげるね」と半分とっておいた苦団子(にがだんご)をカオナシの口に放り込みます。
それから、カオナシは暴れ出しますが、千を追いかける過程で、黒い液を何度も吐き出し、しだいに体が小さくなります。最後に湯女と2匹のカエルを吐き出し、初めのような大人しいカオナシに戻ります。
一文字:よく覚えていますね。
さて、ここで、メイちゃんとカオナシの共通点を探ってみましょう。
1 メイちゃんもカオナシも初めは大人しかった。
2 男は、メイちゃんの美貌に魅了された。カエルは、砂金に目がくらんだ。
3 メイちゃんは男を、カオナシはカエルを飲み込んだ。
4 別人格を飲み込んだメイちゃんとカオナシは、それぞれ、別人格の声で、自分の欲求を吐き出した。
5 別人格を吐き出したメイちゃんとカオナシは、勢いをなくした。
6 それぞれ、落ち着いてすごすことのできる居場所が必要だった。
橘:受容しすぎると、欲望が巨大化した、カオナシのようになっていくのですね。
一文字:カオナシは、ひとつの象徴です。
受容することは大切ですが、それを制限して維持することのできる仕組みが必要です。
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考察:受容することは、人間的な好意であるが、限りがないと相手を依存させ、怪物にする
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